簡便な呼吸機能検査であるスパイロメトリーの結果が、高齢者の認知機能と密接に関連している可能性が、大阪大学大学院医学系研究科の研究により示唆されました。
世界の認知症患者数は今後急速に増加し、2030年までに7800万人に達すると予測されています。日本でも認知症予防のための取り組みが活発に行われていますが、予防には生活習慣病や生活習慣の改善が重要だと言われています。
最近の研究で、呼吸機能と認知機能の間に関係があることが分かってきました。大阪大学の研究チームが行った最新の研究では、地域在住の高齢者を対象に、呼吸機能と認知機能の関係を調べ、興味深い結果が明らかになりました。
この研究は、地域在住高齢者を対象にした長期縦断研究(SONIC研究)のデータを基に行われ、「Geriatrics & Gerontology International」に掲載されました。
認知機能低下の背景と呼吸機能
認知機能の低下は加齢に伴う一般的な現象ですが、喫煙や大量飲酒、糖尿病、高血圧といった生活習慣病が介入可能なリスク因子として知られています。
最近では、呼吸機能の低下も認知機能低下の潜在的なリスク因子として注目されていますが、スパイロメトリーを用いた簡易検査で評価される指標が認知機能と関連しているかどうかは十分に解明されていません。
今回の研究では、高齢者の呼吸機能と認知機能の関係を詳細に調査し、保健指導プログラムにおける呼吸機能訓練の必要性を検討しました。
研究の概要
対象者は、兵庫県に住む73±1歳の419人(73歳群)と83±1歳の348人(83歳群)の二つの集団で、それぞれ約半数が女性でした。研究では以下の方法を用いて解析が行われました。
主な発見
研究の結果、以下のことが明らかになりました:
- 気流制限と認知機能の関係:83歳群では、気流制限(息を吐き出す能力の低下)のステージが上がるほど、認知機能テスト(MoCA-J)のスコアが低下する傾向がありました。
- %PEF(最大呼気流量)と認知機能:両年齢群とも、吐き出す息の速さの低下はMCI(軽度認知障害)のリスク増加と関連していました。特に%PEFという値は認知機能低下の最も強い指標でした。
- %VC(肺活量)と認知機能:83歳の女性群では、肺活量の低下もMCIのリスク増加と関連していました。
- 性差:呼吸機能と認知機能の関連は、特に高齢の女性で顕著でした。
なぜ呼吸機能が認知機能に影響するのか?
呼吸機能が認知機能に影響するメカニズムとしては、以下のことが考えられています:
- 低酸素症による神経細胞へのダメージ:呼吸機能が低下すると、脳への酸素供給が減少し、神経細胞の損傷や神経伝達物質の枯渇を引き起こす可能性があります。
- 炎症反応:慢性的な呼吸器疾患は体内の炎症反応を引き起こし、それが認知機能の低下を加速させる可能性があります。
- 加齢の複合効果:加齢により脳細胞や神経の萎縮と老化が進むと同時に、呼吸機能も低下します。この両者が複合的に働くことで、認知機能の低下がさらに進む可能性があります。
日常生活への応用
この研究結果から、以下のような日常生活への応用が考えられます:
- 呼吸機能の定期的なチェック:高齢者、特に80歳以上の方は、定期的に呼吸機能をチェックすることで、認知機能低下のリスクを早期に発見できる可能性があります。
- ピークフローメーターの活用:%PEF(最大呼気流量)はピークフローメーターという簡単な機器で自宅でも測定できます。これが認知機能低下の早期発見に役立つかもしれません。
- 呼吸機能トレーニング:深呼吸やヨガの呼吸法など、呼吸機能を維持・改善するトレーニングが認知機能の維持に役立つ可能性があります。
- 禁煙の重要性:喫煙は呼吸機能を低下させる大きな要因です。この研究では喫煙と認知機能の直接的な関連は見られませんでしたが、呼吸機能を通じて間接的に影響する可能性があります。
- 総合的な健康管理:呼吸機能だけでなく、血圧管理や適度な運動、バランスの良い食事など、総合的な健康管理が認知機能の維持には重要です。
まとめ
この研究は、呼吸機能と認知機能の間に重要な関連があることを示しています。特に%PEF(最大呼気流量)の低下は認知機能低下のリスク増加と関連しており、簡単な呼吸機能検査が認知症の早期発見や予防に役立つ可能性があります。
高齢者の健康維持には、認知機能だけでなく呼吸機能にも注目し、総合的な健康管理を行うことが重要です。
定期的な健康診断で呼吸機能をチェックするとともに、日常生活では深呼吸や適度な運動を取り入れ、禁煙を心がけることで、脳と肺の両方の健康を維持することができるでしょう。